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(3)求めるもの
おいらが商品に求めるものは安心である。そして安心安全を求めて日々開発や改善に心血を注いでいる。だが、おいらの求めるモノを理解してもらうのは中々難しいようだ。
ABSOが求めるモノはスムース・トレース・セーフティだ。
ABSOの特徴について出来るだけ多くを語ってみたい。
一般的なフロントサスペンションはスプリングとオイルダンパーで成り立っている。簡単に言うと多くの衝撃はスプリングが受け持ち、オイルダンパーが緩衝する。緩衝とはスプリングの伸び縮みのスピードをコントロールする。
オイルダンパーはサスがショックを吸収する時、色々な作業をする。オリフィスと言う穴や隙間にオイルを通過(抵抗を与える)させることで緩衝効果を発揮する。サスオイルがオリフィスを通過する時泡が発生する。これが厄介者で、サスが受けるショックの大きさによって発生量が異なり性能が安定しない。
おいらはこの発生する泡に着目した。消泡効果を上げることも一つの方法だが、泡の量やショックを受ける間隔(スピード)によっては消泡が追いつかず全てのショック吸収に対応することが難しくなる。
サス内を真空にしない限り泡は必ず発生する。ショックの大小に関わらず泡の発生を一定にすることで性能を安定させることを考えた。勿論消泡性も持たせることも忘れない。消泡ってぇのは厄介なもので見た目では解らないオイルに溶け込んでいる空気の存在だ。魚の生態に例える(正確ではないが感覚的に想像してもらいたい)と理解してもらえるかもしれない。ご存知のように魚が水中で生きていられるのは水に溶け込んでいる空気のお陰なんだ。
水に溶け込んでいる空気を目視することが出来ないようにオイルに溶け込んでいる空気を目視することは出来ない。溶け込んでいる空気が多ければ多いほどオリフィス通過時の泡の発生は多くなる。これはサスオイルの入った容器を振っただけでは判らない。
これはおいらが熱帯魚や金魚を飼っていた時、空気ポンプが水槽の水の中で激しく泡を噴出しているのをボーっと見つめていた時の体験も開発時に寄与している。
前述したようにサスにはポンプ作用もある。或る材料を使うことでポンプ作用を精確に作用させることが出来ることを発見した。その材料が泡の発生を一定化することになる。そして完全ではないが、オイルに溶け込もうとする空気を阻止する役目も果たすのだ。目に見える泡と目に見えない泡をコントロールすることがサスオイルの最も大きな役目と考える。
この性能が初期のABSOの性能にプラスされた。ABSOは毛細管現象でサスの能力をかなり上げることが出来た。おいらがポンピングと呼んでいる泡の発生を一定化すると言うより泡の発生を抑える材料を添加したことで、性能は驚異的に上がった。転ぶ気がしないABSOの誕生である。これは容器を振っただけで判るものではない。
ABSOの粘度はマルチグレードだ。マルチグレードにした理由だが、バイクを取り巻く環境はエンジンもサスも同じだ。夏は暑く冬は寒い。バイクが走れば大気温の影響を受け、自らも発熱している。走り方によって発熱度合いも異なる。エンジンオイルにマルチグレードがあってサスオイルに何故マルチグレードがないのかだ。
ユーザーはよく我慢していたなぁと思う。
独り言:自律神経失調とか疾患はオッカネェ。自分の意思ではどうにもにらねぇからだ。
不整脈を引き起こし心房細動や心室細動に到ったりする。色んな原因があるんだろうが、ストレス溜めないようにしないと・・・・・
(2)長尾健吾との出会い
現在Team i・FACTORYでロードレース(表現が古いかな?)やってる長尾健吾も才能を秘めたライダーだ。
彼の両親は円陣家商品の愛用者であり、販売も手伝ってくれている。そんな関係から長尾健吾のことは小さい時から知っていた。ごく自然にサポートすることになった。最初はホンダQR50からレースが始まった。KSR、Nチビ・・・・・そして、現在RS125Rで本格的レースをやるようになった。
2010年中学生ながら筑波ロード選手権でチャンピオンとなった。
環境さえ整えば全日本もってぇところだが・・・・・
彼の両親は以前レースをやっていて円陣家と出会ったレース一家だ。必然的に息子達もレースの世界へってぇことになる。出会った最初の頃から健吾の親父さんはとにかく色々と質問してくるんだ。聞くことは良い事なんだが余分な知識が多過ぎて論破するのに苦労した。逆に学ぶことも多々ある。
健吾の両親、アマチュアライダー(夫婦と友人でモテ耐にも出場など)としてはいいとこ行ってるのだが、親父さんはメカニックとしては今少しだ。とにかく何でも自分でやってみたいとのことなので色々な事を教えた。彼に教えることで、おいらも今までのことがおさらい出来るので積極的に教えた。
健吾の母さんは一家全体のバランスをとる、一家には欠かせない存在の楽しい母ちゃんだ。
とにかく面白可笑しい愉快なレース一家だ。
健吾は現在高校生。携帯を持つ許可が両親から出たようで、おいらに直接連絡をくれるようになった。ってなことでセッティングのアドバイスやレースに対する考え方など直接やっている。素直でアドバイスの結果を必ず出して来る。
山本鯨の親父さんもロードレースをやっていたレース一家だ。
山本鯨がプロになったことでサポート関係は終わってしまったが、長尾健吾は高校生になったばかり。未だ未だサポート関係は続くかもしれない。頼られる以上、山本鯨のように微力だが勝たせてあげたい。健吾が勝つためにおいらは最善を尽くす。大人は基本的にサポートしないが子供は別だ。
おいらが小さい頃、周りの大人たちがサポートしてくれたことへのお返しと思って、微力だが子供たちをサポートしている。
山本鯨一家も長尾健吾一家も地道にレースと向き合い一生懸命突き進んでいる。おいらはそのひたむきな姿勢がたまらなく好きだ。子供の成長を見守るのは親として当然のことだが、積極的に子供と関わって行く事は中々出来そうで出来ない。長尾健吾の将来は未定だが、山本鯨のようにキッズレースからプロになるまで支え続ける両親のひたむきさと努力は、傍で見ている者にしか解らないだろう。だからおいらは彼らが勝つためにおいらの全てを注ぎ込む。彼らはもの凄い才能を持っているからこそ、絶対勝ってもらう。
チャンピオンと言う称号は本人もだが両親への褒美だと思っている。
独り言:昔、インベーダーゲームに夢中になったことがある。任天堂のファミコンが発売された。夢中になった。制覇する達成感が堪らない。だが、しばらくして止めた。
今もやってない。
何で止めたのか、達成感はあるが何も生まれないからかな・・・・・
(1)山本鯨との出会い
コストアップにつながる一般的な宣伝も何もせず、只ひたすら販売店スタッフを説得し続ける毎日だった。
会社を始めて数年経ったある日、山本さんと言う方から電話をもらった。埼玉の或る販売店でとても気になる円陣家商品があり、あまりにも気になるんで販売スタッフから連絡先を聞き電話をしたらしい。話の内容は、息子がキッズクロス(モトクロス)をやっていてホンダQR50からカワサキのモトクロッサーに乗り換えるので、おいらの商品について聞きたいとのことだった。
気になった商品って何ですかと逆に質問をしたらABSOだと言う。一通り説明をしたら購入したくなったらしいんだ。こん時大変なミスをしちまった。話が終わり電話を切ったのはいいが商品説明に夢中になり、山本さんの連絡先を聞くの忘れてたんだ。山本さんから電話がくるのを待っているっきゃないんだ。セカンドステージの代表にネットを通じて探してもらったりした。
おいらの心配を他所に数日後、山本さんから電話がきた。連絡先を聞いたのは勿論のこと息子のことも聞いてみた。某テレビ局の情報番組のコーナーでスーパーキッズってぇのがあって、それに出た時のVTRを送ってくれることになった。VTRが送られてきた。
確か山本鯨5〜6才だったと思う。山本鯨はQR50に跨り他に2台山本鯨を挟むようにモトクロスコースを走る設定だ。コースコンディションはヌタヌタ状態、スタートの場面から始まる。旗が振られスタートした。
おいらは「アアー」って声を上げてしまった。両サイドのキッズは後輪を左右に振られながらスタートしたのに対し、山本鯨は左右に振られること無く真っ直ぐ走り出した。勿論ロスが無いのでトップスタートだ。
直感的にこの子は凄いと思った。そしてサポートしてあげたいと心底思った。直ぐに両親に連絡しサポートの件を伝えた。凄く喜んでくれたのには、おいらの方が恐縮してしまった。
山本鯨がプロになるまでサポート関係が続いた。その間、山本ファミリーとの関係で商品は更に進化して行くのである。
山本鯨のアマチュア時代の戦績はご存知の方も多いと思う。
或る時、山本さんから山本鯨が走るレースを見に来ないかとの誘いがあった。レース場へ行くのが久しぶりってぇこともあるが、山本鯨が実際に走っているところを見たことがなかったので行くことにした。
遠かったがレーススタートギリギリで現場に着いた。スタートからフィニッシュまで全てを見ることが出来た。コーナリングでフロントが微妙だが弾んでいる。山本鯨の親父さんに油面など聞いたが大きく間違ってはいない。
これが原因か否かは判らないが、このレース2位に終わった。山本鯨から聞きたいことが一杯あったのだが、1位じゃなかったことの悔しさで山本鯨がトランポに閉じこもって出て来ない。1位が指定席なヤツにとって2位は屈辱に近いことなのだ。
おいらはコースで山本鯨の走りを見ていたので対策は出来ると確信していた。今度は必ず勝たせるからと山本鯨と約束し、一家と別れた。次の日山本鯨専用のABSOを創って送った。
その後、山本鯨は負け知らずで勝ち続けることになる。ABSO[REV]やABSO[RS]もこの時期に生まれた。
或る日のこと、ABSO[RS]を初めて使うので親父さんもセッティングが解らずバイクメーカー指定で行った。練習場で山本鯨と一緒に来ていたお母さんから電話が入った。リアサスが硬くて走れないと息子が焦っている。どうしたら良いのってぇことだったので、現場で出来るなら5cc抜いてみてと言ったら、出来る人がいないとのことだった。
しばらくしてお母さんから電話がきた。何故か興奮していた。タマタマ息子のモトクロッサーを整備してくれる人が練習を見に来たので、言われた通り5cc抜いてもらったら今までで最高のセッティングになったそうな。その話を基に山本鯨専用ABSO[RS]を創って送った。
山本鯨が自分の乗るバイクに求めるモノを叶えてくれることから、おいらのことを「魔法使い」と呼んでいる。ほのぼのとした子供らしい表現に笑ってしまった。これが山本鯨との初期のやり取りである。
独り言:1947年、ロケット推進のベルX-1にアメリカ空軍パイロットのチャールズ(愛称チャック)・イエガー操縦で未公認であるが、世界で始めてマッハ1.06を記録した。重爆撃機B-29の爆弾格納庫を改造し、爆弾に代わりB-29の腹にX-1を積み、成層圏近くに運び放たれた。この出来事を後に親父とニュース映画で見た。もの凄く興奮した。
今、当時のように興奮することが無くなったような気がする・・・・・
(6)商品を進化させる2
GSF750の熱いのにはまいった。E.G.Aの開発に拍車がかかった。二重サッシの逆理論を試す時が来た。
E.G.S[LIMITED]も進化させたいと考えていた。ABSOでほとんど完成して採用していた毛細管現象(表面張力を加えたもの)をE.G.AとE.G.S[LIMITED]にもおこさせてみようと試みた。
E.G.S[LIMITED]が大変身を遂げ現在のE.G.S[LIMITED]に近付いた。E.G.S[LIMITED]のレシピが大幅に変更された。
E.G.Aは毛細管現象と表面張力を導入することで抵抗の低減と同時にクラッチの滑りを解消することが出来た。おまけにクラッチを強化することも出来た。
油温は全く気にならないくらいになった。もち低温火傷もしなくなった。同時にE.G.S[LIMITED]でエンジン音が静かになるのだが、E.G.Aの添加により、更にエンジン音が静かになった。
開発したおいらでも驚くくらいだ。
二重サッシはガラスを二重にする(更に空間を真空にしているモノもあると聞く)ことで空間を作り外気温の影響を室内に与えないことを目的としている。これの逆をやれば放熱は思うがままと考えた。つまり、ピストンとシリンダーの間をオイルで埋めることだ。おいらの知る限り、これが出来るオイルや添加剤は今まで存在していない。
E.G.Aに毛細管現象と表面張力をおこさせる力を与えたことで、どんなオイルでも大変身を遂げ、エンジンの隅々までオイルが行き渡ることになる。
カムシャフトの軸受けにはカムシャフトが回り始めると毛細管現象と表面張力により、エンジンオイルが軸受け中心に向かって行き、極圧効果でカムシャフトと軸受けのクリアランスはゼロと同じ状態になる。
エンジン音が静かになるのは主にスラップノイズと言ってピストンが上下するとき首フリ現象をおこし、ピストンスカート(ピストンの下部)が振れる事でシリンダーを叩きエンジンノイズを発生させる。前述したように毛細管現象によりピストンとシリンダーの間にエンジンオイルが充填され首フリがおきなくなりピストン打音が全く無くなってしまうのだ。
おいらの創る油を使うとエンジンがよく回ると言われる。このよく回ると言われる現象は油が抵抗を取るからではない。抵抗を取っただけでエンジンにもよるが、そんなに回るはずがない。
湿式多板クラッチが強化されるのは、毛細管現象と表面張力のお陰である。小学校か中学校の理科の実験でガラス板二枚をくっつけ、ガラスの間に水を一滴垂らしただけで剥がれなくなることを経験したと思う。これが表面張力と言う力だ。水滴が丸まろうとする力も同じだ。
湿式多板クラッチの隙間に毛細管現象で隅々までエンジンオイルが行き渡り、表面張力によりクラッチ板同士が強固にくっつき合うのだ。
面白い実例がある。ある大型販売店の販売スタッフがおいらに電話してきたんだ。
クラッチが滑り始めたが、オーバーホールしたりする時間が今無いので、何か滑りを止める方法はないかとの相談だった。もちクラッチワイヤーやクラッチレリーズの調整はトコトン行った末の相談である。
「E.G.Aを投入したら?」とアドバイスした。
「本当にE.G.Aだけで大丈夫なの?」って言いやがる。
当時、おいらの会社は信用(何の実績も無かった)に値する会社ではなかったので、このスタッフの疑問は十分解っていた。とにかく使ってみてとだけ伝えた。
しばらくして、このスタッフから電話があった。「E.G.A凄いよ、投入してから約1000Kmも走れた。時間が出来たのでクラッチバラしたらクラッチフェーシングがペラペラになってた!!」だとさ・・・・・
その後、彼は熱心な円陣家ファンとなってくれ、円陣家商品の販売に貢献してくれたのは言うまでもない。
独り言:中学生の頃、社会科の先生に歴史なんて信じられない。週刊誌や新聞だって間違って書かれることがあるのに、どうして誰も見たことも体験したこともない古文書など歴史書に書かれていることを信じるんですか?と聞いたらビンタされて怒られた。
今、歴史的真実は・・・・・
(5)商品を進化させる
ABSOを市販することが出来、市場から大変歓迎された。
販売店では意外なものが売れ始めた。フロントフォークオイルレベルゲージとメスシリンダーである。フォークオイルの交換の仕方を販売店のホームページやキャンペーンなどで大々的行った効果なのか、ユーザー自身フォークオイルを交換する人が増えたためらしい。販売店から感謝された。
市販していたABSOの欠点に気付いた。他のフォークオイルより少し良いくらいだが、若干横風に弱いことだ。
この頃のABSOは何か解らないが、おいらを満足させてくれなかった。ガレージで一人ボーっとしていた。
何故かプラスチック製の灯油ポンプを見つめていた。いつものようにポンプ (灯油ポンプではなく本格的なポンプ) にトリップした。
稲妻が走った。
サスとポンプが合体したんだ。湯水のようにアイデアが湧いてくるのを感じた。開発コードK1-R12、新型ABSOの考え方が出来上がった時である。
早速試作にとりかかった。おいらのGSF750やタマタマいた若いヤツらのバイク数台に投入した。そして、おいらは千葉にある販売店に所用があって向かった。若いヤツ等はレースがどうのこうのって言って茨城の方へ向かった。
その日はもの凄く風が強く千葉の販売店へ行く途中に橋があって、強風の時横風を受けると、計ったわけではないがバイクごと1m位横に飛ばされる。
その橋が近づいてくる。速度を落とし身構える。速度は40km/h、何かいつもと違う。速度を60km/hに上げてみた。身体は横風を受けて暴れているのにバイクは横風なんて受けていないかの如く微動だにしない。瞬間だが速度を100km/hに上げてみた。横風に身体は暴れ放題、だがバイクは微動だにせずだ。
若いヤツ等から驚きとも喜びともつかない電話が入ってきた。「こんな強風でも何故かおっかなくないんです」。今のABSOの基礎が出来た時だ。
古いバイクのフロントフォークにはドレンがボトムケースの下側面に付いていた。ミツマタからフロントフォークを外し、キャップボルトを外し、スプリングを抜いて・・・・・と通常の作業後、ドレンボルトを外しインナーチューブを押し込むとドレンから勢い良くサスオイルが排出されるんだ。ホンダCB72のフォークオイル交換のときの光景だ。
この時の作業がポンプと合体することになる。
現在のバイクにドレンが付いているのをあまり見たことないので、今の人にこの発想はし難いかもしれない。温故知新ってぇヤツだ。一般的に、この時代サスペンションオイルを交換するってぇ発想は無かった。
時代は現在、ABSOを発売するに当たり東京堂で意見を聞いた時、若旦那は「リアサスを交換する十人に一人位しかフロントフォークオイル交換をしない。だから市販してもそんなに売れないです。」と言った。昔も今も変わらないなぁと思ったが、おいらはシメタと思った。サスオイルの交換を喚起すれば十人に九人の市場があるんだと思った。
元々サスオイルの性能と粘度はあまり関係ないと考えている。性能を左右するのはオリフィスを通過するオイルが受けるショックの大小にどれだけ対応出来るかと泡のコントロールにある。粘度が高いオイルは消泡性を上げるのは難しい。
この日おいらは内股は低温火傷していた。油冷のGSFの欠点なのか油温が高く、走ると内股を熱気が襲うのだ。初期のE.G.S[LIMITED]は市販していて、おいらも使っていたがE.G.Aは未だ出来ていない。
独り言:昔どこかの量販店が出来た時、価格破壊を旗印にしたことで大衆に支持され発展した。
そん時、いつか日本は取り返しの付かない不況になると思った。周りのヤツ等に笑われた・・・・・
・・・・・その量販店は今・・・・・そして日本の景気は・・・・・
(4)過去からタイムスリップ
おいらが今まで習得した整備技術の継承や考え方、又、真実を見ることが出来る目と真実を語れる術を教えたいと思い、おいらんとこに遊びに来ていたバイク好きの若者達を対象にガレージで実際に整備や理論(って言うより考え方かな)を教えることになった。
近所の若いヤツらや東京堂のお客さんや旧航空高専の学生や東京工科専門学校の学生達が日祭日はもとより、毎日学校が終わった後、仕事が終わった後に集まるようになって来た。
そんな若者達の中に熱心に通い続けるヤツ(社会人)がいた。そいつが或る時、
「円陣家さんってエンジンオイルなんて創れないですよね」
って言いやがったんだ。
職人魂をくすぐられた。
「んじゃ一回だけ創ってやるが、どんなに良くても二度と創らない」ってぇ条件で創ってやったんだ。
出来上がったのでヤツに連絡したら吹っ飛んで来た。オイル交換をして意気揚々と帰っていった。ズーっと走り続けていたらしい。その日の午後10時頃ヤツから電話が入った。訳の解らないことを言い始めたんだ。
「円陣家さん俺これからどうしたらいいんですか?」
って言いやがった。だからどうしたんだって聞いても訳が解らないことをつぶやくばかり。意味が解ったのは「これから行っていいですか」だった。ヤツがガレージに来て落ち着かせてから詳しく話を聞いたんだ。
これほどライダーを興奮させられるなら市販してみようかと一瞬思ったが、この頃はエンジンオイル添加剤があればいいと考えていた。ヤツには約束通り「ヤダ」と答えた。
市販化する切っ掛けはしばらくして意外なところからの要請で決まることになる。
それから、東京工科専門学校の学生で、熱心に通うヤツがいると前述した。おいらのところにやって来たのが、東京堂のお客で懇意にしていたヤツの紹介で来たんだ。最初の頃ヤツは自分からしゃべる事はなかった。ただ、おいらの話を真剣に聞いているだけだった。質問しても必要以上のことはしゃべらないんだ。後々判ったんだが東京工科専門学校に受かったばかりで、あまり専門知識が無かったため発言が消極的になってしまったのだ。何れにしても慎重なヤツである。
東京工科専門学校に通うことになったり、おいらにも打ち解けて来たりで、段々しゃべるようになってきた。
こいつが8.新たな時代、(1)ワークスと未来の出会いの予感の項で
「この時大島模型に関わり深い人がいることに気が付かなかった。勿論現在も会ったことは無い。若くして亡くなられたので、これからも会う事は無い。エンヂン飛行機ではなくラヂコンボートとラヂコンカーで頭角を現していた。確か歳も同じだと思う。
今、思うと何か運命を感じる。」
と書いたのを思い出して欲しいんだ。この人はヤツの親父。つまり、おいらに時代を超えて息子が会いに来たんだ。「世にも不思議な物語」である。
ヤツの親父のことを知ったのは偶然だった。
おいらが所蔵する古い「模型と工作」をヤツと見ていた時のことだ。ラヂコンボートの競技会の結果が出ていた。今で言うリザルトだ。1位のところにヤツと同じ苗字の中学生が出ていた。苗字が同じなんで冗談で、おいらと同じ時代に生きていたらオマエもこの人と同じように本に掲載されていたいたかもなって言ったんだ。
ヤツが「それ俺の親父ですよ」って言った。一瞬胸が詰まった。
今ヤツはサンクチュアリー東京ウェストの代表取締役の道岡嵩裕である。今現在も優秀な教え子の一人である。ヤツの親父が書いたラヂコンカーの本を読んだが、ヤツは確実に親父の才能を引き継いでいる。残念だが今ヤツの親父はいない。務まっているかどうか分らないが、今はおいらがヤツの親父の代わりが出来ればと思っている。。
独り言:テレビを発明したRCAがテレビ事業から撤退して久しい。パナソニックがテレビ事業の縮小、日立がテレビ事業から撤退ってRCAの二の舞・・・・・
歴史は語る。日本も気が付いても良さそうなもんだが、アメリカの二の舞を・・・・・
(3)商品開発の発端
おいらの場合、商品が生まれる切っ掛けはバイクや車を整備している時や乗ってる時が多い。その他ではモノ作りしている時やテレビやビデオ(DVD)ソフトを見ている時や夢でヒントが急に閃くんだ。
メモは肌身離さず携帯しているが、枕元にもメモを置いている。最近は歳のせいかバイクや車をいじることが少なくなってきたのが気になるところだ。
趣味のエンジン飛行機作りも仕事が忙しく、ここ数年何もやってねぇんだ。エンジン飛行機の情報源は本場アメリカから取り寄せている雑誌がある。輸入代行をしてくれていた方が理由は判らないが代行が出来なくなったので、しょうがないんでこっちでやることにした。
おいらは輸入商社にいたこともあり輸入代理権ってぇものを尊重している。エンジン飛行機関係のモノは日本で代理権を持っているところに依頼して調達している。代理権が日本にないものは直接輸入したりしている。そんなことも仕事が忙しくやっていない。時間は作るっきゃないと思っているのだが中々うまくいかない。趣味のモノ創りがやりてぇ・・・・・っ
さてとABSOはジャイロ効果を増大させる。
おいらがバイクに乗っている時、前輪がこんなに勢いよく回っているのにジャイロ効果が本当に出ているのか?と言う疑問を持ったんだ。
サスペンションもエンジンと同じでピストンとシリンダーが存在する。と言う事はスラップ(首フリ)運動をすると考えても不思議ではない。つまり車輪の中心点が常に動いてるってぇことだ。思い出して欲しいんだが、ジャイロコマを悪戯してバランスを崩させたことで起きる現象だ。これと同じことが起きているとすればジャイロ効果は期待出来ない。
ジャイロ効果を増大させれば転倒する確率も下がるはずだ。車輪の中心軸を安定させるためにどうすれば良いかだ。
C.P.O開発の発端はカラーチェーンやカラースプロケットから汚れの排除や本当の潤滑である。折角カラーチェーンやカラースプロケットでドレスアップしてもベタベタグリスで黒く汚れてしまったら意味が無いってぇことだ。その他プラスアルファも現れた。
E.G.S[LIMITED]なんざぁコンプレッション(圧縮)漏れゼロを目指したんだ。前述'(道路事情の項で)したが、エンジンオーバーホールした時にピストン側面のカーボン跡の解消、つまり圧縮漏れをなくしたい。ただそれだけである。
E.G.AはE.G.S[LIMITED]開発とほぼ同時と言っていいが、抵抗低減と湿式多板クラッチとの関係に多くの時間をとられてしまった。E.G.S[LIMITED]の開発により、燃焼効率が著しく上がりパワー、トルク、燃費の向上が図られたんだ。それらを受けるエンジン腰下の強化とミッションのシフトフィーリングの向上と各軸受けの潤滑向上を狙った。この時点でエンジンオイルを創ろうなんて全く考えていなかった。
その後、今まで開発して来た技術を使い2ストエンジンオイル添加剤E.G.S[T2]やサスペンション用抵抗低減剤ABSO[FRIEND]やスクーターのファイナルギアボックス用オイルSCOOTや万能液体グリスGRESIN[LG]などを開発した。
エンジンオイルの開発経緯だけが今までのモノと異なるんだ。
独り言:昔おいらが若かった頃、親父やお袋や近所の年寄りに色々と注意されたり、人生訓のようなことを聞かされたりした。当時は若かったこともあって「何言ってやんでぇ」と反発したこともあった。
でも、おいらのところに出入りする若けぇヤツ等に今同じようなことを話している自分にハッとすることがある。年寄りの話しをちゃんと聞いときゃ良かった・・・・・
(2)核心に触れる
油と言うより油を使うモノって、全てが機能してるのか?ってぇ疑問持ったことがありますか。おいらはエンジンなどオーバーホールしてると疑問に思うことが多々ある。
油はちょっと手を加えると思いもよらぬ性能を発揮することがある。只、闇雲にいじってもダメで、自然界の掟や自然の原理を取り入れ自然現象を起こさせることが必要だ。ワクワクする位大変身を遂げるんだ。何故って・・・・・油って元々地球に在ったモノじゃねぇのかなぁ。
だから、おいらは自然科学を取り入れるんだ。
もの凄い理論や論理を駆使してる訳ではない。誰でも中学までに習うことで事足りるんだ。おいらが絶対取り入れる自然現象は毛細管現象と表面張力だ。それらが各部に作用し起こすのが、遠心力、求心力、ジャイロ効果、フローティング効果、シール効果、浸透力アップ、放熱力アップすることで、各部のコントロールをし易くすることだ。これらが、おいらの油を最強にするんだ。
おいらの創る油は自然を味方にしてるのが特徴だ。これが、おいらの創る油の核心だ。
それから商品開発をしようとする時、何かに例えて考えると意外と早く答えにたどり着く事がある。
ピストンとシリンダーの隙間を二重サッシに例えると熱伝達の改善が出来たりする。
フロントタイヤの真ん中が何で減るのかを考えてみると、飛行機が着陸する時のタイヤに例えると解明出来たりする。
サスペンションをポンプに例えると、今まで見えなかったサスペンションの機能が見えてきたりする。
チェーンとスプロケットの関係をローラーコンベアーと荷物に例えて考えると、チェーンとスプロケットの関係改善が出来たりする。
タイヤの発熱や減りを消しゴムに例えて考えるとサスペンションの良し悪しが見えてきたりする。
勿論、例えるだけでは何も解決する訳ではない。
オッカムのカミソリ・・・・・
独り言:物事を複雑に考える人が多くなったような気がする。物事って意外と単純に構成されてたり、行われていたりしてるかも・・・・・
・・・・・でも、単純に考えることがいいことと言ってる訳ではない。
(1)考え方
一休みしたんで話を戻そう。
会社を興そうと思う時、規模の大きな会社に勤めて退社したことからくる勘違いを排除しなければならない。
大きな会社に勤めていると、その会社の社会的ポジションやブランドの力で仕事をしている場合がある。無名でノーブランドで実績のない小さな会社はそれらに頼る事が出来ない。これを忘れるととんでもない事態になることがある。
営業に行ったところで遭遇するんだが、「オイル類はもの凄い設備や研究施設がないと良いモノは出来ない。おたくのような会社の商品が良い訳がない。」って言われるんだ。
確かに大企業の大量生産の考え方からすれば、ごもっともな話しだ。ハンドメイドが評価される世の中なのに、油の世界にハンドメイドがあってはいけないのかなと思ってしまう。数人でバイクの販売整備を生業としている方が言われることが多々ある。おいらのことを否定するのは解るが、なぁ〜んかご自分のことを否定されてるのかなと思って、凄く寂しい気持ちになる。
こういったことを言われる方々のほとんどが、おいらの油を使ったことの無いのが残念である。使われてから言われれば真実味があるのだが・・・・・
余談だが、整備のライセンスを持ってると偉くなった気になっている整備士がいる。ライセンスが仕事する訳ではないんだけど・・・・・
専門用語を乱発する方をよく見かけるんだが、相手の目を見て話して欲しいと思う。話しや説明は相手が理解出来てナンボ、自己満足のために貴重な相手の時間を使うなって言いたい。
モノ作りは企業規模や設備が仕事をするのではなく人がやる。ライセンスが仕事をするのではなく人が仕事をする。でも企業や設備やライセンスが仕事してくれたら、こんなに楽なことはない。それは人が否定される時でもある。
おおっと又余計なこと言っちまったかな・・・・・
おいらの油は輸出もしていないのに海外で使われることがある。
ほとんどがレースで使われているらしいんだ。日本でもエェ〜って言うチームやコンストラクターが使っているようだ。
内緒で使ってくれることの喜びはおいらにしか解らないかもしれない。
ナノ企業であるおいらの会社が辿る道は一つしかない。ハンドメイドのハイクオリティな油の提供である。それはあたかも凄い設備を持たない小さなバイク屋さんや工場が人の技術で勝負しているかの如くである。そして、おいらが創る油が自らを語れる油創りを目指したいと思っている。
即ちおいらは人の持っている技術を絶対に否定しない。油より整備をである。
油はあくまでも脇役、主役はきちんとした整備である。バイクをいじっているのと整備は違うことって解るかなぁ〜・・・・・
独り言:段々寒くなって来た。今、生姜湯を試している。これが中々いい。結構身体が温まる。生姜の力って凄いなぁって再確認。
冷え性の人にはお薦めかも・・・・・
(4)親孝行
親孝行したいときに親はいなくなってることが多い。
おいらの親、特に親父は身震いする位オッカナイ親父だった。でも今昔話を書いてると、本当はもの凄く優しい親父だと思うようになった。育て方が厳しかったんだ。でも本当におっかなかった。
親父は定年後、以前おいらの作ったデカイ犬小屋(この時犬はいない)を改造して工作室にした。親父の歳を考え、おいらは電動工具を思いつく限り購入してあげた。親父は大喜びだ。紙巻タバコ用のパイプとブローチなど一生懸命作っていた。出来上がると親戚や知り合いにプレゼントしていた。器用な親父だった。宮大工になってたらと思うことがしばしば。
映画好きの親父だったが定年後は全く見にいくことはなかった。おいらが結婚して何年か経って、かみさんと見に行きたかったスタローンの「ランボー」、前売り券を買っておいたんだが、かみさんが行けなくなった。んじゃあ親父を誘って久しぶりに映画でも見に行くかってぇことになった。心なしか親父はウキウキしているように見えた。
映画を見終わって喫茶店に連れて行き、何十年かぶりに一緒にコーヒーを味わった。親父は大のコーヒー好きだったので、おいらが幼稚園に行く前から家でサイフォンコーヒーを飲ませてくれていた。喫茶店にもよく連れて行ってくれた。
今度はおいらの番だ。コーヒーを飲みながら映画の感想を漏らしたんだ。何十年ぶりかの映画だが、凄い迫力だ。特に音が凄い。大したもんだと関心していた。
親父と映画を見に行くのは残念だが、これが最後となった。こんなに喜んでくれるなら、もっと前から連れてってやれば良かったと・・・・・後悔先に立たずだ。
元気だった親父も歳で足が弱くなっていた。モノ作り大好き人間が或る時パタリとモノ作りを止めてしまった。体力もなくなってきたんだと思った。
コタツでテレビを見る毎日が始まった。でも近所の散歩は欠かさなかった。若い時は山男で山登りばっかやってたらしい。
そう言えば物置にピッケルやスキーがあった。このスキーは木製、ヒッコリーってぇ木で出来ていて、ビンディングはヒモと言う代物だ。大人用と子供用があった。おいらが小さい時、東京でも結構雪が降って積もることがあった。そんな時、子供用のスキーを持ち出し滑って遊んだ。それから親父はおいら兄弟をハイキングに連れて行ってくれ、自然の掟や怖さを教えてくれたのも、今となっては楽しい思い出となった。
オシャレだった親父も歳とともに適当ファッションになっていった。あまり動かなくなって少し太りだしたのも拍車をかけたのかもしれない。スェットの上下を着用するようになった。
以前はおいらがユウキヤなどで親父に合いそうなウェアーを買って着させていた。スェットを着るようになってからは、ウェアーを買って来て渡しても「ありがとう」ってお礼を言うだけで、着なくなった。お袋のアドバイスもあって買うのを止めた。
おいらも同じようになるのか、「やだなぁ」。自分が歳とって想う今日この頃である。
ただ一番親孝行だったと思ったのはおいらのかみさんと結婚したことだ。かみさんを初めて両親に会わせた時だったんだが、かみさんが帰った後、先ずおふくろから「本当に有り難う」、親父も「よくやった有り難う」と言われたことだ。
言葉で説明するのが難しいが、今まで言われたことのない「有り難う」だった。おいらにとってかみさんと結婚したことが人生最大の親孝行であり、幸せかもしれない・・・・・
独り言:最近、作業着として作務衣を着るようになった。これっておいらの親父がスェットにしたのと同じかなぁ〜・・・・・
・・・・・ヤバイ・・・・・かも・・・・・
(3)最近思う事
日本ではゴッコが流行ってるようだ。ゴッコとは子供たちがやる遊びだ。大人たちがゴッコしてる。レースゴッコ。政治ゴッコ。会社ゴッコ。学校ゴッコ、ゴッコ、ゴッコだ。
ゴッコはその時決めたルールはあるが、破っても罰則が無いのが特徴だ。逆にだから楽しいとも言える。力を持てば好き勝手なことが出来るのもゴッコだ。
技術屋として一番辛いと思ったのが、ゆとり教育の一環として円周率を3にしたことだ。この時、もう日本は技術で飯食っていくのを止めるのかと思った。ゆとりと言うのは人から与えられるのではなく、自分で勝ち取るものだと言う事が何で解らないのかと思った。有識者の中に勉強したくないヤツがいたのかもしんねぇ?とかんぐってしまう。
こんなことしてたら世界で通用する人間が減っていくだろうな。悲しいことだ。国の方針で国民レベルを下げるなんて・・・・・本当に悲しいことだ。やはり良い制度ではなかったんだろう、ゆとり教育は中止されたのでホッとした。これを決めた有識者達って何だったんだろう。答えは最初から解っていた方もいたはず。そして、このゆとり教育が実施されていた時に教育を受けた子供たちの将来を政治家や有識者達はどう考えるのだろう。きっと関係ないってぇ思ってんだろうな。或いは忘れてるかもしれねぇな。失敗したからと言って罰を受ける訳じゃないからな。
おいらは立場的にレース界との接触がある。どっぷり浸かってる訳ではないので第三者として見ていられる。全部ではないがレースに関わることが目標となっている方々がいる。
レースは2位ではダメなんです。優勝を狙わなければ2位になることもない。勝ちたいと思っていても勝とうとしない。あの日本を代表するメーカーでさえ勝てずに撤退する有様だ。昔は何としても勝とうとした。そして勝った。勝つ技術は持ってるはずなのに勝てない。勝つチームと何が違うのか。きっとレースに対する考え方だと思う。勝てないとカッコ悪いって思うこともないんだと思う。
政治ゴッコも頂点に達してる。政治ゴッコって金がかかるのに・・・・・
太陽光発電って本当に大丈夫なのかと思う。地球温暖化を加速させるんではないかと思う。何故かと言うと、今まで草木が生えていた場所(休耕田)に太陽光パネルを敷設すれば、光合成をしてくれていた場所が減って行くんではないかと思う。森林伐採と同じに思えるんだけどなぁ・・・・・砂漠に敷設すればいいなぁ・・・・・日本に砂漠ってあったっけ・・・・・あるある凄い砂漠が・・・・・
都会のヒートアイランド現象が田舎にも。って将来新聞紙上を騒がせなければいいんだが。風力発電の低周波騒音は大丈夫なのかなぁ・・・・・
電気自動車の充電基地(自宅に駐車施設がある)を持っていない人はどうすんのかなぁ・・・・・
電池交換コストと燃費の関係は・・・・・原発事故にかかるコストと燃費の関係は・・・・・これらを総合すると電気自動車やハイブリット車の燃費って?・・・・・マツダが取り組むエンジンの価値って・・・・・楽しみだ・・・・・燃費って最終的にユーザーの走行距離に関して負担するコストでは?・・・・・これが解っている人って・・・・・
救いの神は水(H2O)だと思う。宇宙開発?、身近な海洋開発っていつも思っている。
海洋開発って結構奥が深い。海底にはレアアースが眠ってるかも?
地球が怒ってる。地球の怒りを鎮めないと大変なことになる。
独り言:昔バイクや車の点火方式がポイント式だった頃、ポイントの接点磨きの工具があった。簡単に言うならヤスリだ。
ポイントの接点がくっ付いては離れるを繰り返す中で、離れる瞬間にスパークするのでコンデンサーが入っていても時間の経過と共に接点が焼けてしまう。度が過ぎると接点がカーボンや錆びとなり導通が悪くなる。
ってなことで時々接点を磨いてやらなきゃなんねぇんだ。磨く工具の中に食器などを作っているノリタケと言うメーカーの陶器製の接点磨きがあった。凄く使い易くポイント接点を綺麗に仕上げてくれる。無接点方式になった今、作ってねぇだろおなぁ〜?
(2)本当は
エンジンパワーやトルクを上げても後輪にそのまま伝えることが出来なきゃ意味が無い。後輪軸出力が実用パワーでありトルクである。
エンジン出力を後輪に伝えられないって何だろう? クラッチの滑りやミッションの抵抗やチェーンの抵抗やホイールベアリングなどの抵抗により、エンジン出力がそのまま後輪に伝わっていないのだ。これが真実である。
湿式多板クラッチの伝達率は100%ではない。若干滑っている。乾式は更に伝達率は低い。じゃあ何でレーシングマシンに採用されてるかって・・・・・単に整備性、交換性がいいからだ。
ジャイロ効果だってホイールが回っていれば起こると思っていたら大間違いだ。若干は起こっているだろうが最大ではない。
燃費ってエンジン内の抵抗取ると良くなると思っていたら間違いだ。エンジンの燃焼効率を上げなければ燃費は良くならない。
ボールベアリングって意外と抵抗がある。サスペンションのダストシールやオイルシールの抵抗はかなり大きい。
ドライブチェーンの抵抗って思っているより大きい。よくサイズダウンしたチェーンを装着する人がいる。断定しないが間違っている。単位面積当たりの荷重が増えるんで、ちょっとしたことが大きなトラブルにつながる可能性がある。
タイヤって路面に接地しているより接地してないことが多い。スピードを上げれば上げるほど特にフロンとタイヤは顕著になる。
話しは飛ぶが、振り返ってみると、おいらの能力が飛躍的に伸びる時がある。そん時に必ず人が関わっているんだ。
先ず全体に関わっているのが親父、エンジン飛行機では従兄弟、模型屋のおやっさん、最も大きな影響を与えてくれた鎌さん、学問(勉強)では勉強の最も大事な基礎を学んだ中学時代の綺麗な女子、この女子の出現でいいとこ見せようと頑張ったんで勉強が出来るようになった。やはり中学時代に坊っちゃん刈りを指さして笑った嫌な女子はおいらにオシャレする切っ掛けを与えてくれた。更にこの女子はギターバンドを組んだことで、最も大事な音を聞き分ける能力を与えてくれたような気がする。男子は女子がいると張り切るもんだ。
バイクの楽しさを教えてくれた電気工事屋の叔父貴、高校時代に補習授業をしてくれた先生、大学時代の教授の方々、整備学校へ行くことを薦めてくれた竹馬の友の親父さん、おいらの能力を開花させてくれた大切な方々だ。
能力には関係ないが最近では何かとおいらの世話焼いてくれる若い連中、更に能力を高めてくれているのは販売店の方々とお客様、おいらに関わってくれて、今の仕事に欠くことの出来ない方々だ。
おいらの能力って本当は前述した皆によって掘り起こされたんだと思うようになった。
独り言:小さい頃、耳を澄ませばグレン・ミラーのインザムードが聴こえてきたもんだ。
今もインザムードを聞くと気持ちが落ち着く。茶色の小瓶もいい曲だ。グレン・ミラーは戦時中飛行機事故で亡くなった。でも曲は未だ聴くことが出来る。さあインザムードでも聴いてみっか・・・・・
(1)よくある質問
ちょっと一休み。
よくお客様や販売店の方から「商品の見た目を良く出来ないのか」って聞かれる。結果捨ててしまうモノにコストをかけたくないのが本音だ。おいらも会社を立ち上げて商品をリリースまで漕ぎ着けたが、商品の中身にコストをかけ、性能的に販売店やお客様が納得いくモノにしたいのがおいらの真情である。
ある大型販売店の店長に商品モニターテスト依頼をした時の話しだ。使用後、見た目について聞いてみた。
「円陣家さん何言ってるんですか、どんなに見た目が良くたって、こんなに性能のいい商品は使ったことありません。見た目なんて関係ありませんよ」って言われた。
凄く嬉しかった。
おいらの考え方に初めて同調してくれた人だ。後にこのお人、おいらをあらゆる面でサポートしてくれたんだ。有り難うございました。心から感謝しています。
他の大型販売店では見た目を良くてしか言われなかったのに、同じ業種でも色々あるんだと思った。見た目にコストをかけてもお客様の意味の無い負担が増えるだけなのになぁ。
他社の商品のことをよく聞かれるんだ。使った油に対しては発言出来るが、最近、ほとんど使ったことがないので評価も意見も言えないのが現実。
おいらや販売店の人が営業で回っていると商品を見て「こんなものは良い訳がない」って言われる。
こんな時いつも思うのは凄い才能と言うか能力を持っているんだなぁ!って思う。おいらに使わずに見ただけで中身の良し悪しが判る秘訣を教えて欲しいもんだ。このような才能を持った人達がいれば研究費も安く済む。どお考えても、おいらには無理そうなんで今まで通り地道に研究するっきゃないな。
又話が横道にそれちまったんで話を戻そう。
この質問をされる方は、言われるメーカーの商品に興味があるはずだから、おいらの創った油を使わず、そのメーカーの油を先ず使ってみて下さいと答えるようにしてる。そして良ければそのメーカーの油を愛用するのがベターだと思う。油は思い入れが強いモノを使うのがベターだと思ってる。ベストはおいらの創る油を使ってくれることなんだが、強制することは出来ない。
おいらの創った油がそんなに凄いなら、何でデータを公表しないんだ。って言われる。
スズキ500ガンマの燃費だって真実なのに、信じてもらえないってぇ現実が無くなれば公開してもいいって思ってる。
以前フォルクスワーゲンの1800cc5速マニュアル四駆のゴルフに乗っていた。燃費は25Km/Lだったが、メーカーの人間だって「その燃費何かの間違いでしょう」って信じてもらえなかった。この時、ワーゲンゴルフが何でそんなに燃費がいいのって聞いてくれたら、今頃ワーゲンは30Km/L越えのエンジンを創っていたかもしれなぇな?
余談だが、おいらのゴルフは当初燃料噴射系の調子が悪く、新車だったんで整備屋に調整してもらったがダメだった。整備屋はこんなもんですよって言いやがる。しょうがないんで、おいらがいじることにした。専用の整備機器がないので得意の勘で調整を始めた。調整しちゃ走り、調整しては走って、約1ヶ月かかったが調子を上げることが出来た。整備屋に見せに行ったら、「調子良いですね」だとさ。その後、特に燃費が著しく向上した。このゴルフの燃費25Km/Lは添加剤など一切使用していない。添加剤使うより断然整備だ。
話しを戻して、パワーだって、トルクだって、チェーンやスプロケットの寿命の長さなんて公表したら気違い扱いされちまうのがおちだ。竹馬の友だって未だに信じてくれねぇ有様だ。
皆さんもご存知のビトッチなんざぁ、おいらの油を使う前「そんなに凄いならデータ公表すればいいのに」って言ってた。そして初めておいらの油を使ってパワーチェックしたとたん「データは公表しちゃいかん」と言った。だから言ったのに・・・・・。以後現在もおいらの油を使い続けている。
たまには、おいらの油以外の油を使ってみたらって思ってんだが「ヤダ」って言いやがるだろうな。油ってぇもんは、使った人が満足してくれればおいらは良いと思ってる。
おいらの油をレースで使ったら無口なる。今まで雄弁に語ってた口を貝の様に固く閉ざしてしまう。
理由は簡単だ・・・・・
独り言:電気に詳しい高専の先生からメールが来た。パソコンに不具合が出てないかとのことだ。彼によると、一連の原発問題で電力事情が以前よりかなり悪いので、これまでは問題にならないぐらいの軽微な劣化でもフリーズ等の原因になるらしい。気になることがあれば報告して欲しいとのことだ。
おいらは2台のデスクトップタイプを使っている。新しい方(メイン)のパソコンの電源は工業用グレードなので大丈夫と思いますが・・・・・とのことだ。電気のことは良く解らねぇ〜〜っ・・・・・